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知識も経験もないより、あった方がいい。

最近、色んな場面で「面倒と断らずにやって良かった」と思うことがあります。

今、メイクの仲間と一緒に88診断をベースとしたメイク動画を作成しているのですが、制作は私がやっています。
f:id:awannyan:20160206151959j:plain 高度なテクニックが必要なほどのクオリティは目指しておらず、メイクレッスンに参加した方々が家で教わったことを再現できることが目的です。
22種類作るので、とても労力がかかりますが、完成すればシンデレラプランニングにとって大きな武器となると信じて、せっせと作っています。

高クオリティは求めなくても、動画を編集する必要性はあり、しかもその数が多い。
普通に考えるとなかなかの手間です。
とはいえ、私の仕事はシンデレラプランニングの運営管理全般。
営業、財務、顧客対応、雑務は全て私の仕事です。
この立場は、まずは自分で出来ることを何でもやる、という姿勢がないと務まりません。 なので、この動画作りも当然私のお仕事になるわけです。
でも、この動画を作る作業、昔、バイト仲間の結婚式の二次会で動画を作った経験のおかげでそこまで大きな負担とならずに済んでいます。
その時作ったものは動画と動画をつなぎ合わせるだけでなく、吹き替えの声を入れたり、BGMを流したりと色んな編集があったので、今回のメイク動画はそれよりずっと簡単です。

作成してる最中にパソコンの処理が止まって、作った動画が途中でパーになる苦しさも経験しているので、都度都度バックアップを取りながら作成するという効率の良さも発揮しています。笑

でも、思えばこの二次会の動画作り。
当時、バイト仲間で「誰が作る?」という話になったとき、全員が「動画は作ったことないから分からない」と首を横に振ったとき、「だったら私"作ってみる"よ」と名乗り出て作ったものでした。

動画編集のやり方を調べて、撮影して、編集やってみて。音楽のCD借りて、音声の録音もして....

正直、めちゃくちゃ時間がかかったし、録音するために集まった会では、みんな飲み始めて、一人作業しながら「なんで私こんなに時間かけて動画作ってるんだろう」と虚しさを感じたりして、こういうのを引き受けてしまう自分を悔やむ気持ちもあったけれど、でも完成してみればみんな喜んでくれ、嬉しかった思い出です。

で、その時の知識や苦戦した経験が、今になってこうやって仕事に役立つんだから有難いものです。


そういえば、私はパワポやらExcelやらも使える方なのですが、これも在学中に宿題をやってこない同級生の分を引き受けていた経緯があります。
私は単純にOS作業が好きだったので授業は毎度、一番最初に制作物を提出して教室を後にしていたのですが、不得意な友人はどうにも苦戦していたようで「愛ちゃんの課題をコピーしたい」とお願いしてきました。
無下にするのも気が引けたので「全く同じ内容じゃあからさますぎるでしょ」と内容を変えて、その子の分の課題も制作してあげていました。

(その行為の良し悪しはあると思うけれど)結果的に今、サクサクOS処理ができるのは当時の友達のおかげかもしれない。

誰でも余計なことはしたくないし、出来ないことを1から調べてやるのは大変です。

でも、1から調べて5までやった経験は、その後、5から自分に積み重ねていけると思います。

あの時、「動画は作れない」「OSはわからない」といった子達は今もこれから先も作れないままです。

他に出来る人がいるなら、やってもらうにこしたことはないし、コストパフォーマンスの天秤もあるけれど、今何かを模索していて「時間はあるけれどやることがない」という人は、こういう面倒を引き受けてみるといいんじゃないかと思います。

面倒な作業、1から調べなくちゃいけないことを避けず、面倒くさがらずにこなしてみることで、自分の出来る幅は確実に広がります。
もちろんその領域でプロを目指す人とは全く違うベクトルだし、特に役立つ日が来ない可能性もあるけれど、でも知識も経験も「あって困るものではない」と思うこのごろです。

MISOJI MATSURIを終えて

厳密には3ヶ月もない、だけど濃い時間だった。

MISOJI MATSURIの話を聞いたとき、単純に面白そうだなーと思った。ちょうど該当する85世代だし、開催も地元の横浜。
参加はもちろんするし、何か手伝うことがあればぜひぜひー♪そんな軽いノリで代表 真鍋の紹介を受けた。

が、しかし

実際そこで聞いた話はとんでもなく厳しい状況で、頭の中に何となく浮かべてたサークルのりと真逆の、今にも沈みかけそうな船の舵に真鍋が必死にしがみついて、乗組員全員を生きて帰そうと踏んばるデッド オア アライブだった。

資金も集客も、まずい状況。
(真鍋個人の人脈で希望がちらつくくらい)

後ろ盾も実績もなんもない団体が初年に1000人、同い年だけを集める。それは確かに相当なハードル。

その状況を聞いた時、対岸の火事にできなかったのは真鍋がどれだけの決意をしてこのイベントに向き合ってるかがすぐに理解できたから。

そもそも、この無茶なイベントは元々の発起人が真鍋ではなかった。

真鍋はむしろ巻き込まれた側の人間で、本来ならば沈みかけの船の舵取りなどしないで、救命ボートで早々脱出しておかしくない立場だった。
それなのに逃げるどころか、あえて代表を引き受けたという。

1000人規模のイベントを開催まで残り3ヶ月を切るタイミングで引き受ける(しかもこの時点ではチケットがまだ心許ない数しか売れていなかった)
その決断は、重い。

特に経営者やフリーランスにとって大きなイベントに挑めば挑むほど、万が一の時の反動は大きい。
勝てば官軍、負ければ賊軍。
それが分かったからこそ、その心意気天晴れだと思った。

「がっつり関わってほしい」と言われて二つ返事で受けて、その2日後に会議に出て、4日後には周りの経営者の三十路たちを真鍋に繋いだ。

すごいクリエイティブチームがすでに揃ってる。
代表は信用できる、あとはwebや数字に強くてこのイベントに共感できる人が集まってくれれば!
そんな気持ちで、沈みかけの船に知り合いを乗せるという暴挙に出た。
そして私も周りを巻き込むからには、赤になれば痛み分け。真鍋が石投げられるときは私も一緒に石を投げられよう、と覚悟した。

加わった時は不安しかなかったけれど、人が人を巻き込む連鎖が見事に生まれて

数字に強い仲間が加わって計画を立て直し、求心力のある仲間が多くの人に発信してボランティアメンバーを集めた。

さらに、同い年が冠スポンサーを引き受けてくれた事で一気に勢いついた。

「これ、もしかするといけるんじゃないか」そんな期待がどんどん生まれ、元々のメンバーもみんな各自のポジションに専念できるようになっていった。
次から次に良い仲間が加わり、気づけば開催直前に最高のチームが完成。


そして迎えた当日。

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1062人が一斉に
乾杯する、あの景色は一生忘れないと思う。

あの会場の空気
たくさんの人たちが仲良く語らい
盛り上がって楽しそうに笑う姿。
あんな壁のないイベント他に知らない。

思い描いていた以上の光景が広がっていた。

知ってる人、知らない人、会場で目があった沢山の人から「ありがとう」と声をかけられた。

ああ、沈みかけたあの船は、ちゃんと目指していた港にたどり着いたんだと、胸が熱くなった。

運営メンバーは、みんな凄く凄く頑張った。
その殆んどが眠れず、ふらふらになって
死人が出るんじゃないかと本当に心配になった。

ギリギリまで集客に不安もあって、胃がキリキリした。

そんな過酷な中で、あらゆる分野のプロフェッショナルが自分たちの出来る事を余す事なく全力でやりきり、発信し続け、自分たちの30年を形にしたのが、このMISOJI MATSURI。

素晴らしいイベントの主催を担えて幸せだと思う。
良い友達に巡り合えて嬉しいし、沢山の同世代の仕事や生き方を垣間見れたことは経験としても財産。

そして何より、
本当に真鍋はよく頑張った!

あのプレッシャーに耐えて
色んな人達の板挟みの中で悩んで
泣きたいだろうに、逃げたいだろうに
いつもみんなの前で明るく振る舞って。

属性の違う、個性豊かなメンバーたちをまとめる労力、決断していく不安に苛まれながら、本当によく頑張ったと思う。

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MISOJI MATSURIは終わったけれど、このイベントの目的は文化の創造。

1986-1987世代に引き継いでもらわないと
私たちの生み出したものが
ただのお祭り騒ぎになってしまう。

そうならないために、やらなくてはならないことが沢山ある。

せっかくなら引き続き真鍋とMISOJI MATSURIにとことん付き合おうと思う。

彼女の言葉を借りるなら、フラれない限り。笑

真鍋、巻き込んでくれてありがとう。

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