人生逆設計

女性の人生ってハードだなーとしみじみ思います。

 

子どもを産むのかを決めないままに目の前のことを頑張ってきた女性が、今、周りで苦しんでいて、複雑な気分になります。

 

ある女性は30代後半で交際中の彼氏からプロポーズされ結婚。子どもがほしいと思い不妊治療を受けるも確率が5%に満たないと告げられる。

別の女性はすごく素敵な方なのに長く交際していた彼が浮気して破局。40代になったばかりで先が見えないと落ち込んでいた。

大した仕事にも就かず遊び惚けて適齢期を超えた女性ならまだしも、一生懸命仕事して、その仕事を通じて人や社会を豊かにしてきたはずの人たちが、その対価に出産と向き合う時間を失い、胸を痛め、葛藤している現実に憤るし、「デリケートな問題だから」と腫れ物を扱うような感覚で避け、当事者の向き合う機会を減らしている社会そのものにも疑問を感じます。

 

結婚適齢期は年々上がっているし、何なら結婚なんてしなくてもいいという価値観も広がり始めている中で、私たち女性の肉体的な出産適齢期は変わっていない。

残りわずか数年の間に決意し、行動しなければ一生子を持つことが出来なくなるかもしれない。その取り返しのつかないさが持つ恐怖は女性特有のものだと思う。

 

自分の人生を逆算して、仕事はこの時期まで追い込んで、この時期に出産して...そんな計画を立てて行かなくちゃ30代なんてあっという間に終わってしまう。

 

かくいう私は先の先まで考えてリスクヘッジをしてしまう性格で、子供を産むことは自分の人生でマストだから、と30歳で産む決意をしていました。

結婚はいくつになっても出来るけど、出産は今しかできない!とすごく真剣に考えていました。

だから25歳で起業。詳しくはこちら

 

人生にBefore/Afterを!「短髪・体育会・ジャージが私服」だった私だからできること。|トータルスタイルプロデュース事業経営 三村 愛さんの人生インタビュー|another life.(アナザーライフ)

 

有言実行ぶりが凄まじいですがw

結果的に31歳で出産に至り、今は育児真っ最中です。

 

子育ては人生で一番だと思う計り知れない幸せを得られる時間です。

しかし、育児が始まれば始まるで、その責任や自分の時間の取れなさに喘ぐ日々でもあります。

産んでも産まなくても女性の人生はハード。

 

ゆえに最近は人生やり直しをするなら?どんなプランなら多少なりイージーになるのだろうか?と逆設計を想像したりします。

18歳で生んで、今の年齢なら子どもも14歳。

高校生になれば親の手はだいぶ離れるから、私もそこから起業にチャレンジ!

人生3ステージ目を今くらいの歳で迎えるってなれば体力もあるし、凄く楽しいだろうなーと。

 

でも、18歳で産んで32歳の私が今の私と同じかといえば、そんなはずもなく。

そもそも世の中の「当たり前」をつまらなく感じる、この価値観や、世間とずれることに恐れのない強さや、ピンチほどワクワクしてしまうこの変わった性格は、起業してから今まで身につけたもの。

やっぱり私は今の私をとても気に入ってるから人生やり直しでも全く同じ道を選んでしまうんだろうなーと思いました。

数々の失敗も全てひっくるめて、今この時の自分にたどり着く道を選ぶだろうな。

今の人生が楽しいもんなぁ(*'ω'*)と

 

何が言いたいかって、女性はなるべく若いうちに自分の人生設計を立てた方が、あとあとで悔やむことが減ると思います。

現実はすごくシビアだから。どんなに目を背けても逃げられない問題ってある。

男だ、女だって言いたくないけれど、身体のつくりを考えると女性の方が現実的になった方がいい。

 

でも人生逆設計で「ああしていれば」って言っても過ぎた時間は戻せないものです。

そして人生に取り返しのつかない失敗があるのかといえば、それも違うと思います。

今、結果として目の前にあるものは過去の自分が一生懸命に生きてきた結晶だから、それ自体が財産だもの。

 

その中で、今この時に自分が必要だと思うこと、自分が実現したいことに一生懸命に生きることこそ尊いと思うのです。結局人間って目の前のことをどうするかの積み重ねだから。

 

こと「子どもを産める限界」にスポットライトをあてると女性の人生はハードだと思うけれど、期限のある大事な選択肢を持っているって素晴らしいことだし、それは義務でなく権利だから、ポジティブに受け止めていけたらいいですよね。

背負うものも悩むことも多いけれど女性に生まれてよかった、と私は思います^^

広告を非表示にする

婚外子や同性婚の是非

この問題について語るには私には知識がそこまでないので悩んだけれど、デリケートな問題だと捉えることがそもそも違うと思いました。

そして最近「結婚」に対して色々と考えるので、私なりの考えを綴ります。

 

先日、デヴィ夫人が番組で「同性愛者は結婚をするべきではない」という発言をし、物議を醸し出したそうです。

news.livedoor.com

同性愛は認めるけど、結婚は子孫を残すためにするもの。

同性婚カトリックの教えに反している、と。

 

実際の番組を見ていないので、報じられている内容で解釈するしかありませんが、私はこの意見は否定派です。


その理由として、婚姻は社会において沿い合わせる者同士の立場や権利を守るためのものであり、男女が子孫を残すことの前提条件ではないからです。

そして、私はむしろ逆に子孫を残すことに結婚が必要ない社会になっていったほうがいいと感じています。

紗栄子が二児のシングルマザーでありながらZOZOTOWNの前澤社長と恋人関係にあり、前澤社長自身には婚外子がいて、菊川怜の結婚も同様。

私は男が誠意を持って、子供の心のケアや母親が育児し生活する上での金銭的な責任を果たすのであれば婚外子もいいと思っています。(その責任を放棄する男は論外)

少子高齢化のご時世にも関わらず、女性が子どもを産むために結婚を前提とするから、婚活に必死になって苦しんだり、出産適齢期に悩む問題が起こっていると感じます。


人口減少が危機的な今の日本において、女性が子供を産む事が優先されるべきなのは火を見るよりも明らかだし、フランスのように結婚の有無に関わらず国全体が子どもを育てていくようになれば多くの人が精神的・肉体的に救わることでしょう。

 

ただ、現実問題として今の日本で子孫を残すなら出来れば結婚した方がいいと思います。婚姻関係にあることで法の縛りをもって、パートナーの無責任な行動(不貞や悪質な遺棄)を抑制したり、配偶者としての権利を主張できます。

子供の養育費しか請求できない婚外子はリスクが大きいのです。

 

私自身、結婚したことで、配偶者として守られる立場や権利がある事を知りました。

そして、婚姻制度について考えた結果、同性婚に対して思うことがありました。

 

私の知り得る限り、同性婚は世間の女子がキラキラ憧れる結婚に比べると、すごく現実的な世界だと思います。

なぜなら家族としての権利を得られるかどうかがかかっているからです。

 

下記に同性愛者に対する日本の法的な差別を転用します。

 

”同性カップルやそこで育てられる子どもたちは、結婚した家族に与えられる法的保護、税や社会保障上の権利や給付から排除されている。

 

パートナーの子どもを保育園に迎えに行っても実の親だと認められず子どもを返してもらえない。

パートナーや子どもが病気になっても介護休暇を取得することができず、家族として健康保険でカバーもされない。

長年助け合い連れ添ったパートナーに先立たれても、死亡退職金は支給されず二人で築いた財産の相続も認められない。

親族から葬儀への参列を拒否される場合もある。

パートナー名義で契約していた賃貸住宅は継承権がないので退去するよう迫られる。

 

同性カップルやそこで育てられる子どもたちは、安定した家族関係を維持することすらできず、家族が亡くなった際にはさらに深刻な労苦を強いられているのである。

なお、事実婚も同性カップルには認められていない。

何より、結婚という人間・社会にとって最も大切な法制度から同性愛者を排除している現状は、同性愛者に対する法律上の差別であると言うべきである。

法の下の平等は、人類の文明が近代に到達した普遍的な公理であるはずだが、法律自体が不平等を認めてしまっている現状では、同性愛者に対する社会的な差別や偏見をなくすことは論理的に不可能である。”なぜ同性婚? | EMA日本より抜粋)

 

社会全体が「色々な家族の形」を受け入れなければ婚姻制度どころか日本が破綻する気がします。

虐待して子どもを死なせる鬼畜がいる事を考えれば、高齢で子どもを諦めざる得ない夫婦やLGBTのカップルが里親として子どもを引き取って育てることが一般的になってほしいです。

「作る」「生む」が出来なくとも「育てる」はできるし、代理出産のように男女間の愛と切り離した出産だってあっていいと思います。

血の繋がりは尊いけれど、それだけで子どもは育たないし、深い愛情は時として血の繋がりを超えます。

大切なのは、その命にどれだけの責任を負えるか、自分の全てを賭けて幸せにできるかどうかです。

生まれたばかりの子どもにとって親が世界そのもので、全てです。

愛情を与えて真剣に向き合えば、不幸になることは絶対にありません。

 

婚外子に対する法的なケアは勿論、同性婚に対しても、もっと社会が理解を示し、男女のそれと同様の権利が与えられることを願っています。

母性は神話。

正直いうと、実際に産んでみた結果、母性なんて神話だと思いました。

妊娠するまでぼんやりと、赤ちゃんを産んだら自動的に自己犠牲を厭わない愛情が生まれて、育児が出来るんじゃないかと考えていたけれど、実際はそんなことありませんでした。
 
生まれた瞬間は「本当にいたんだ!」って感動があって、「やっと出会えたんだ」ってすごく嬉しかったけど、その後に待ち受けていた新生児のお世話は想像以上でした。
 
めちゃ泣く、授乳痛い、赤ちゃん可愛い、愛しい。けど、やっぱり辛い。大変。しんどい。不安。
あー、でも可愛い。幸せ。あー眠い。
 
そんな感じで色んな感情がぐるぐるまわってました。
あまりにも脆く危うい命を目の前にして
 
責任
 
って言葉が、これでもか!ってくらい重くのしかかってきました。
 
思い返せば女性って妊娠してから、人生切り替わりスイッチが入るんですよね。
 
妊娠初期は胎動もないから、ほんとに育っているのか心配で、検診に行って元気な心音を聞くとホッとして目がうるみました。
振動はよくないから自転車はダメ、転ぶと危ないからヒールもダメ。重い荷物も控える日々。
 
安定期に入って体型がどんどん妊婦さんになっていく。
いつもなら目の前で電車が発車しそうになれば全力疾走だったけど、この時期は走らず我慢。
食べ物もノンカフェイン必須で、トキソプラズマ対策で海外のチーズや生肉を控え、マグロや鰻も食べ過ぎないようにと気をつけてました。
 
妊娠後期になると動くのが大変で床に座ると起き上がるのが一仕事。
容赦ない胎動に「おお」となるし、たまに言葉通りに痛いところを突かれて呻く。
寝てるときもお腹がウゴウゴして起こされるから「おーい、ねんねだよー。ねんねしてくれー」って語りかけたり、聴こえてるのかな?って子守唄歌ってみたり。
 
精神面では、妊娠期間中は不安や心細さに苛まれました。いつもなら何があろうと前向きなのに、この期間はコントロールが難しかった。
たぶん人生で1番心が不安定になるのが妊娠なんだと思う。
そういう変化を思い起こすと、妊娠は心身の全てが赤ちゃんを産むことにベクトルを向けるんだなと実感しました。
 
けれど、身体の凄まじい変化にどこかで心が追いつかなかったり、出産ってどれくらい痛いんだろう?とか、そもそも無事に元気な赤ちゃんが産めるのだろうか?みたいな不安が大きくて、初めて乗るジェットコースターがえらく高いところまで登っていって「うわー、うわー」みたいな感覚にどちらかといえば似ていた気がします。
 
そして生まれてから、まるでジェットコースターの落下みたいな急加速で始まった育児。時間があるようでない、ないようであるという何とも複雑な環境に身を置いています。
 

f:id:awannyan:20170430214800j:plain

 
そんなこんなで、あと少しで息子は3ヶ月。
 
命って、なんなんだろう
この子はどこからきたんだろうか
 
そんな事を今はよく考えます。
 
物理的には私のお腹に宿り、育って出てきた存在だけど、命ってそういう理屈を超えた存在だと思うのです。
 
たった数ヶ月前までお腹にいた「人」がここにいて、この子は私と違う人格を持っていて、巣立つ時までずっと一緒なんだって思うと不思議な気持ちになります。
 
育児は不安しかないけれど、母親って不思議なもので、この子が笑って元気に育てばそれだけで最高に幸せなんですよね。
腰や肩が痛かろうと、泣き止まずに途方にくれようと、ニコニコっと笑ってくれたら結構回復するもので、よくできたもんだと思います。
 
母性はもともと備わってるものじゃないし、舞い降りてくるものでもない。
 
ただ、この大変な毎日の中で少しずつ芽生えていく、温かくて優しい気持ちが母性で、これから先、子どもの成長と一緒に育っていくものなのかも?と思います。
 
育児は自動的に出来るようにならないし、手探りの日々だけど、だからこそ愛しい、そんなこの頃です。
広告を非表示にする

さよならアメブロ

実は6年続けてたアメブロをひっそりと退会しました。

起業する前の、匿名の頃からずっと書き連ねてたブログ。

 

起業の「き」の字も分からない頃、都内に知り合いなんて10人もいなかった時代からずーっと続けてた私の軌跡でした。

 

漫画喫茶を転々としたこと、お金の稼げないストレスで円形脱毛症になったこと。

学生さんを集めてファッションショーを開いたこと、フリマイベント、マナビジョ、思いつくままに色んな企画をやってみて試行錯誤の繰り返しでした。

サンケイリビングやワコールとのお仕事、初めての出張、結婚。

ほんと、色んな事を書き綴ってきたなーと感慨深いです。

 

 

素直に書いていたから、若さゆえの偏った考え方や見栄も発信してきた青い恥ずかしさもあるブログ。

でも、ズルせず一歩一歩、自分の仕事を作ってきた証拠でもある誇らしいブログ。

 

3年前に綴ったことが後になって、やっぱり違ったなーと思えば、そういうことも素直に書いてました。

ただ芯は一本、外見から内面の自信が生まれる。だから、シンデレラプランニングを多くの方に知ってもらい広げていきたい。

これだけは一貫してました。

その結果、共感した読者さんがずっとついていてくれて、会いに来たり、お客様としてサービスを受けてくれたり。

つたないなりに思いの丈を綴ることが私にたくさんの出会いを与えてくれました。

 

 

そんな大事なブログをなぜ退会したのかというと、過去の記事に対してすごく敵意を向ける人たちがいて、自分の中でなんとも言えないモヤッと感を感じていたからです。

 

 

前提として、私は私のことを嫌いな人は嫌ってくれて構わないと思っています。

 

もともと万人に好かれようと思っていないし、私を好きになってくれる人がいれば、逆に嫌う人もいて当然だと思っています。

ただ、その嫌いの感情が嫌がらせ行為になってしまう人に対しては、その人自身のためにやめた方がいいと思う程度です。

 

私がモヤっとした大きな原因は5年前に自分の書いていた事に対しての過剰な攻撃でした。

 

当たり前だけど、人は歳とともに色んな経験を重ねます。

価値観は不変でなく、人生のフェーズごとに変わるものです。

 

7年前は、私にとってCancam系の外見を取り繕うことが「可愛い」で、「女の子を幸せにするのはモテること」だと思っていました。

すべての女性が努力をして自分なりの100%のキレイを目指して頑張れば、今より絶対にキレイになれる。 他人でなく過去の自分と今の自分を比べ頑張る方がずっとポジティブだと発信してきました。

 

しかし、昔のブログ記事が残っていることで、私がまるで現在進行形で見た目至上主義のモテを意識した女子のような誤解を受けて、すごい敵対心を向けられてしまい、びっくりしました。

入籍したとたん謎の女性達から総攻撃を受け、ぽかーんとしました。

 

いや、わたし自分のことそこまで綺麗って思ってないから。

 

と思うけど、相手にとってその記事を読んだ瞬間が「今」なんですよね。

 

そのタイムラグに悩み、過去のブログは消すことにしました。

 

一時期は10万pvまでいっていたブログなので、惜しい気持ちはあったんですけどね。

 

でも昔のわたしが感じていたことはログとして残して想い出にして、またここから新しい私を綴ればいいのかなと思います。

 

そもそも長い文章を書きにくい時点でアメブロは相性よくなかったしね。

 

私は哲学的なことを悶々と考えて書くのが結構好きだから、それだと「はてぶ」の方が相性いいのかもとも思ってます。

 

そんなこんなでこちらに引っ越し!

 

過去の記事は反響あったものを今後、たまに引っ張り出すかもです。

 

そしてどうでもいいけど、私の当面の目標は産後の体型戻し!

30歳の記念で撮ったこの状態に戻るぞー!!!( ゚Д゚)

f:id:awannyan:20170426165035j:plain

広告を非表示にする

知識も経験もないより、あった方がいい。

最近、色んな場面で「面倒と断らずにやって良かった」と思うことがあります。

今、メイクの仲間と一緒に88診断をベースとしたメイク動画を作成しているのですが、制作は私がやっています。
f:id:awannyan:20160206151959j:plain 高度なテクニックが必要なほどのクオリティは目指しておらず、メイクレッスンに参加した方々が家で教わったことを再現できることが目的です。
22種類作るので、とても労力がかかりますが、完成すればシンデレラプランニングにとって大きな武器となると信じて、せっせと作っています。

高クオリティは求めなくても、動画を編集する必要性はあり、しかもその数が多い。
普通に考えるとなかなかの手間です。
とはいえ、私の仕事はシンデレラプランニングの運営管理全般。
営業、財務、顧客対応、雑務は全て私の仕事です。
この立場は、まずは自分で出来ることを何でもやる、という姿勢がないと務まりません。 なので、この動画作りも当然私のお仕事になるわけです。
でも、この動画を作る作業、昔、バイト仲間の結婚式の二次会で動画を作った経験のおかげでそこまで大きな負担とならずに済んでいます。
その時作ったものは動画と動画をつなぎ合わせるだけでなく、吹き替えの声を入れたり、BGMを流したりと色んな編集があったので、今回のメイク動画はそれよりずっと簡単です。

作成してる最中にパソコンの処理が止まって、作った動画が途中でパーになる苦しさも経験しているので、都度都度バックアップを取りながら作成するという効率の良さも発揮しています。笑

でも、思えばこの二次会の動画作り。
当時、バイト仲間で「誰が作る?」という話になったとき、全員が「動画は作ったことないから分からない」と首を横に振ったとき、「だったら私"作ってみる"よ」と名乗り出て作ったものでした。

動画編集のやり方を調べて、撮影して、編集やってみて。音楽のCD借りて、音声の録音もして....

正直、めちゃくちゃ時間がかかったし、録音するために集まった会では、みんな飲み始めて、一人作業しながら「なんで私こんなに時間かけて動画作ってるんだろう」と虚しさを感じたりして、こういうのを引き受けてしまう自分を悔やむ気持ちもあったけれど、でも完成してみればみんな喜んでくれ、嬉しかった思い出です。

で、その時の知識や苦戦した経験が、今になってこうやって仕事に役立つんだから有難いものです。


そういえば、私はパワポやらExcelやらも使える方なのですが、これも在学中に宿題をやってこない同級生の分を引き受けていた経緯があります。
私は単純にOS作業が好きだったので授業は毎度、一番最初に制作物を提出して教室を後にしていたのですが、不得意な友人はどうにも苦戦していたようで「愛ちゃんの課題をコピーしたい」とお願いしてきました。
無下にするのも気が引けたので「全く同じ内容じゃあからさますぎるでしょ」と内容を変えて、その子の分の課題も制作してあげていました。

(その行為の良し悪しはあると思うけれど)結果的に今、サクサクOS処理ができるのは当時の友達のおかげかもしれない。

誰でも余計なことはしたくないし、出来ないことを1から調べてやるのは大変です。

でも、1から調べて5までやった経験は、その後、5から自分に積み重ねていけると思います。

あの時、「動画は作れない」「OSはわからない」といった子達は今もこれから先も作れないままです。

他に出来る人がいるなら、やってもらうにこしたことはないし、コストパフォーマンスの天秤もあるけれど、今何かを模索していて「時間はあるけれどやることがない」という人は、こういう面倒を引き受けてみるといいんじゃないかと思います。

面倒な作業、1から調べなくちゃいけないことを避けず、面倒くさがらずにこなしてみることで、自分の出来る幅は確実に広がります。
もちろんその領域でプロを目指す人とは全く違うベクトルだし、特に役立つ日が来ない可能性もあるけれど、でも知識も経験も「あって困るものではない」と思うこのごろです。

MISOJI MATSURIを終えて

厳密には3ヶ月もない、だけど濃い時間だった。

MISOJI MATSURIの話を聞いたとき、単純に面白そうだなーと思った。ちょうど該当する85世代だし、開催も地元の横浜。
参加はもちろんするし、何か手伝うことがあればぜひぜひー♪そんな軽いノリで代表 真鍋の紹介を受けた。

が、しかし

実際そこで聞いた話はとんでもなく厳しい状況で、頭の中に何となく浮かべてたサークルのりと真逆の、今にも沈みかけそうな船の舵に真鍋が必死にしがみついて、乗組員全員を生きて帰そうと踏んばるデッド オア アライブだった。

資金も集客も、まずい状況。
(真鍋個人の人脈で希望がちらつくくらい)

後ろ盾も実績もなんもない団体が初年に1000人、同い年だけを集める。それは確かに相当なハードル。

その状況を聞いた時、対岸の火事にできなかったのは真鍋がどれだけの決意をしてこのイベントに向き合ってるかがすぐに理解できたから。

そもそも、この無茶なイベントは元々の発起人が真鍋ではなかった。

真鍋はむしろ巻き込まれた側の人間で、本来ならば沈みかけの船の舵取りなどしないで、救命ボートで早々脱出しておかしくない立場だった。
それなのに逃げるどころか、あえて代表を引き受けたという。

1000人規模のイベントを開催まで残り3ヶ月を切るタイミングで引き受ける(しかもこの時点ではチケットがまだ心許ない数しか売れていなかった)
その決断は、重い。

特に経営者やフリーランスにとって大きなイベントに挑めば挑むほど、万が一の時の反動は大きい。
勝てば官軍、負ければ賊軍。
それが分かったからこそ、その心意気天晴れだと思った。

「がっつり関わってほしい」と言われて二つ返事で受けて、その2日後に会議に出て、4日後には周りの経営者の三十路たちを真鍋に繋いだ。

すごいクリエイティブチームがすでに揃ってる。
代表は信用できる、あとはwebや数字に強くてこのイベントに共感できる人が集まってくれれば!
そんな気持ちで、沈みかけの船に知り合いを乗せるという暴挙に出た。
そして私も周りを巻き込むからには、赤になれば痛み分け。真鍋が石投げられるときは私も一緒に石を投げられよう、と覚悟した。

加わった時は不安しかなかったけれど、人が人を巻き込む連鎖が見事に生まれて

数字に強い仲間が加わって計画を立て直し、求心力のある仲間が多くの人に発信してボランティアメンバーを集めた。

さらに、同い年が冠スポンサーを引き受けてくれた事で一気に勢いついた。

「これ、もしかするといけるんじゃないか」そんな期待がどんどん生まれ、元々のメンバーもみんな各自のポジションに専念できるようになっていった。
次から次に良い仲間が加わり、気づけば開催直前に最高のチームが完成。


そして迎えた当日。

f:id:awannyan:20160120202750j:image

1062人が一斉に
乾杯する、あの景色は一生忘れないと思う。

あの会場の空気
たくさんの人たちが仲良く語らい
盛り上がって楽しそうに笑う姿。
あんな壁のないイベント他に知らない。

思い描いていた以上の光景が広がっていた。

知ってる人、知らない人、会場で目があった沢山の人から「ありがとう」と声をかけられた。

ああ、沈みかけたあの船は、ちゃんと目指していた港にたどり着いたんだと、胸が熱くなった。

運営メンバーは、みんな凄く凄く頑張った。
その殆んどが眠れず、ふらふらになって
死人が出るんじゃないかと本当に心配になった。

ギリギリまで集客に不安もあって、胃がキリキリした。

そんな過酷な中で、あらゆる分野のプロフェッショナルが自分たちの出来る事を余す事なく全力でやりきり、発信し続け、自分たちの30年を形にしたのが、このMISOJI MATSURI。

素晴らしいイベントの主催を担えて幸せだと思う。
良い友達に巡り合えて嬉しいし、沢山の同世代の仕事や生き方を垣間見れたことは経験としても財産。

そして何より、
本当に真鍋はよく頑張った!

あのプレッシャーに耐えて
色んな人達の板挟みの中で悩んで
泣きたいだろうに、逃げたいだろうに
いつもみんなの前で明るく振る舞って。

属性の違う、個性豊かなメンバーたちをまとめる労力、決断していく不安に苛まれながら、本当によく頑張ったと思う。

f:id:awannyan:20160120201039j:image

MISOJI MATSURIは終わったけれど、このイベントの目的は文化の創造。

1986-1987世代に引き継いでもらわないと
私たちの生み出したものが
ただのお祭り騒ぎになってしまう。

そうならないために、やらなくてはならないことが沢山ある。

せっかくなら引き続き真鍋とMISOJI MATSURIにとことん付き合おうと思う。

彼女の言葉を借りるなら、フラれない限り。笑

真鍋、巻き込んでくれてありがとう。

f:id:awannyan:20160120201140j:image

広告を非表示にする